愛 痕 −キスマーク− 会議終了後。 示し合わせたわけではないけどフランスと一緒に飯食って、そのままホテルに帰ればなし崩しにセックスが始まることなんてわかりきっていた。 何せ、久し振りなのだ。 別にお互い愛しているとか、そんなことはない。 一切ない。 これはただの性欲処理の延長で、一人でオナニーして気持ち良くなるよりセックスしたほうが気持ち良くね?的なノリで始まった言わば遊びなのだ。 互いが互いを嫌っている。 そして男同士。 最高にむさい『恋愛ゲーム』だ。 そんなゲームに付き合ってやっているのは、ただフランスとのセックスの具合がいいから。 そうでもなきゃやっていられないだろう。 相手はフランスなのだから。 どさり、といい年した男二人がベッドに倒れこんだ。 「ちょっとぼっちゃん?最中によそ見とかやめてくれない?お兄さん傷つくんですけど」 「うるせッ…、てめぇが下手なのが悪いんだろ、くそひげっ、っぁ…!」 考え事をしていたのはすぐにばれ、意地悪くのばされた指が胸の飾りを虐める。 してやったりと弧を描くその唇がいやに艶めかしく、あぁこいつのこういう顔は嫌いじゃない。 認めたくはないが、この男はなかなか見れる顔をしていると思う、まぁそのすべてをひげがぶち壊しているけれど。 「相変わらず感度はいいねぇ。最近ご無沙汰だったから余計かな?」 口を開いてしまえばこいつを喜ばせるような声しか出ないのは分かっているからせめてもの抵抗で睨みつける。 そんな顔しないの、と噛み締めていた唇に ちゅっ とかわいらしい音を立てキスをされた。 そのまま戯れのようなキスが続けられ、抵抗を緩めてしまった隙を見逃すことなくフランスの肉厚な舌が口内に忍び込んでくる。 逃げようとした自分のものを絡めとられ、擦り合わされ、散々吸われた挙句甘噛みされる。 「んぅ、…ふっ…」 口内を蹂躙され、いい加減に息の限界を感じる。 フランスの背に回していた手で奴のシャツをつかみ、限界だということを伝えると、最後にと思い切り吸われ恥ずかしい音が響いた。 「ふぁっ…、ぁ…」 「いい顔…、すっげエロい」 口の端に伝った唾液を指で拭い去り、頬に唇を落としたフランスの顔が焦点のずれてしまった眼では見ることができなかったが、見えなくてよかった。 きっと見てしまったら、その目が雄弁に語っている感情でこの危ういバランスのなかで成り立っている関係は崩壊してしまう。 顔を逸らしフランスの事を見ないようにするとフランスは小さく溜め息を吐き、さらけ出した白い喉もとに吸い付いた。 つい声が上がってしまい、ひくりと喉仏が上下する。肉付きの薄いせいで強調される喉仏を唇ではまれ、より力を込められる。食いちぎられる、と思った瞬間「あ」とフランスから間抜けな声が上がった。 「んだよ…」 「ごめん、血ぃ出た」 「はぁ!?」 ヌルリ、とした感触がのどを伝っているのでどうやら本当に血が出ているらしい。 とりあえず傷はそんなに大きくないので血をティッシュで拭きとろうと箱に手を伸ばすのだが、 「放せよ」 「いや」 その手はフランスに取られ、指先に軽い音を立ててキスを送られる。 何をするつもりなのか為すがままになっていると、あろうことかフランスは傷口に舌を這わせた。 「ちょっ、おま…なにして!」 「んー」 消毒、とへらと笑いを浮かべるフランスに殺意を抱いたのは間違いではない。 殴ろうと振り上げた手は簡単につかまり、もう片方の手もまとめて頭上で拘束される。 「こっ…、変態っ」 「…ひど」 てめぇは変態そのものだろう! 続けようとした言葉は「ひっ」と息を詰める声に変わる。 フランスは傷をなめるだけでは飽き足らず、舌でその傷口を抉り始めた。 「ちょ、いたっ」 「えー、気持ち良くなぁい?」 ピリッと鋭い痛みが走るのに、フランスは抗議の声を無視してさらに行為を続行させる。 ぴちゃぴちゃとひどく淫猥なその音に、くすぶっている欲が煽られるのも事実だけど。 「なんかさ、」 少し疲れたのか、舌を首筋から放しフランスは俺を見下ろす。 「戦争やってた時みてぇ」 「は?」 「だからこういう血の味っていうか、鉄くさい感じ?なんか戦場を思い出すっていうかさ」 わかる?と少し感傷に浸った感じで問いかけるその目に耐えられず、目を閉じる。 わからねぇよ、と小さく呟けばそっか、と苦笑が返される。 欲を発散させるだけの行為。 さっさと済ませてしまえばいいのにフランスはそれを中断するように身を起こし、何の意図も感じられない動きで肌の上に手を這わせる。 何もないところに、まるで傷があったかのように、それを癒やすように撫でるので戸惑う。 くすぐったさに身じろぎすると、フランスは撫でている箇所に目線を据えたまま口を開いた。 「…きれいに消えちゃったね」 「何が…」 「傷痕。昔はこことか、そことか刺し傷でいっぱいだったのに」 真意が理解できずフランスを見上げると、フランスは真っ直ぐこっちを見返してきた。 その目は感情がこもっていないようでいて、何かひどく重たいものを隠しているようで。 「いくら痕をつけても消えちゃうんだよな。何回も何回もイギリスに傷負わせたのに、すぐにきれいになっちゃう。他の奴がつけた傷とかは割としぶとく残っているのにさ、俺がつけた奴ってあんまりしぶとく残んないよね」 少し拗ねたような口ぶりで、いましがたつけたばかりののどもとの傷に指を這わせ、爪で抉る。 「いっ…!」 「なんでだろ?消えるたびに何回も新しいのを深く刻んであげたのにさ」 「フラッ…」 何がしたいかは相変わらずわからないけど、言いたいことは分かってきて、これからこいつが言わんとしていることも分かってしまった。 「俺のものだって。イギリスは俺だけのものだって。だから、傷つけていいのは俺だけで、イギリスを愛…」 「フランスっ!!」 フランスの言葉に被さるように名前を呼び、フランスははっ、と何かに気づいた顔をした。 「それは、…それ以上は言っちゃ駄目なんだ」 目を閉じ、声が震えそうになるのを堪えて言う。 フランスはまだ何か呟こうとしていたけど、わるい、と小さく返され、それがこの話の終わりとなり、もうほとんど消えてしまった欲を再び追う行為がはじめられた。 最初のような荒々しさはなくなり、ただ忠実に熱を高めていく。 だがいつもの行為とは違い、いちいち名前を呼ぶ声、触れてくる手つき、そのどれもが優しさに溢れ、まるで、まるで… コイビト同士のような… 浮かんでしまった考えを頭を振って追い払う。 そんな俺にどうした、とフランスが声をかけてくるのをなんでもないと誤魔化し、今まさに裡に入ってこようとするフランスの雄の熱さに息をのむ。 何回やっても最初の圧迫感や痛みに慣れることはなく、フランスはいちいち腰を進めるのを止め、唇に顔にキスをくれる。 その優しさが泣く程嬉しいけど、素直に受け入れるにはプライドとか意地とか邪魔するものが多すぎる。 だから俺はいつものように平気な振りして、さっさとこの行為を終わらせようとする。 痛みなんかない、いいからさっさと突っ込んでめちゃめちゃに抱いて溢れてぐちゃぐちゃになるくらい裡に欲を吐き出して気が済むまでやってその間ずっと抱きしめていろ。 そんな俺のかわいらしい想いが通じればいいのに、…一生通じないでいて。 もし抱かれてる最中に俺の理性がはじけ飛んでこんな愚かなことを口走らないように俺にできることは、激しく腰を打ち付けてくるフランスにしがみついて、その広い背中に爪を立てること。力の加減でフランスの白く滑らかな肌に傷をつけ綺麗な赤い血を流させ痕を残す時もある…いや、俺はそうなるのを知って毎回力を込め続けている。痛みにフランスが顔をしかめるその表情も好きだし、何よりも その傷痕がずっと残るように …あぁ、なんだ。 結局はそういうことで。 やっぱり俺達は似た者同士で、お互いに独占欲が強く。 ずっと同じ感情を持っていて、それを口にするにはとても臆病で、プライドか高く。 こうして傷つけあって、自分のしるしをつけて、お互いを繋いだつもりになって満足して。 だらだらくっだらないプライドに縛られていると思いこんで、この関係に依存しているだけなのだ 薄れゆく思考の中、必死にフランスの背中に爪を立てる。少しでも意識を保っていようといつものあがきを心の中で反芻する。 (この想いを言葉になんかしてやるもんか) (そんな嘘くさいまやかしは長年生きてきた俺たちには通用しない) (だから今日も) キスマークなんてかわいらしいもんじゃなく、 意地っ張りな俺たちにお似合いな 愛情たっぷりの 傷痕 を刻んであげる この下らない『恋愛ゲーム』のたった一つのルール。 お互い本気になってはいけない。 これはただのお遊びなのだ。 「愛してる」だの「好き」だの戯言をぬかしたらその時点でTHE END。 ゲームはゲームでなくなってしまう。それどころか、今までの付き合いも全て壊され、今まで通りの気に入らない隣国、という関係に戻れなくなる。 だけど、 (もし、お互いが それ でいいと思ったら――) 09/02/13 修正100211 |