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何度も傷つけた肌。 何度も傷つけられた肌。 その全てが、堪らなく愛おしいと、また一つ。 痕を刻む。 喩 え 、そ れ を 愛 と い う の な ら 。 薄暗い寝所。 仄かな行燈の光の他、光源は何もない。 外には月が出ているはずだが、濃い闇に包まれたこの部屋に差し込むには弱く、手元の行燈が消えない限り、白々とした光は届かないだろう。 敷かれた布団の上、菊を組み敷きながらふと、そんなどうでもいいことを考える。 「寂しいですね…何やら考え事ですか？」 ひそり、と菊の言葉が耳に滑らかに艶めかしく入り込む。 気もそぞろ、おざなりに行為を進めていたわけではないけれど、菊を見ているようでその実遠くを見据えていた視線を、ひたりと菊のそれと重ね合わせる。 「すまない…別に、他のことを考えていたわけじゃ…」 「嘘吐き」 するり、と伸ばされた細くしなやかな菊の腕。 その、剣を握るにも、相手に暴力を行使するにも、あまりに頼りない指先は、柔らかく頬を撫でたまま首筋を滑り、わずかに爪を立て、かすかな痛みを伝える。 平和な世、そして心を許せる菊を前にしても、首筋などの人体の急所を人に曝け出すことに、未だ慣れることはない。 ひくり、とわずかに反応した皮膚に、菊が笑みを浮かべる。 「言葉より雄弁なものは、この世にいくらでも存在しています。だから…」 情緒のない言葉を重ねることは、無為でしかありません。 ふふ、と静かに笑みを漏らした菊に、続けようと思っていた言葉を失くし、口を閉ざす。 そうあるのを望んでいたというように、菊はそっと唇に指を這わせる。 それに答えるように、そっと指を取り、自分の唇を菊のそれと重ね合わせた。 薄い唇は、柔らかいというより壊れ物のように感じる。 不用意に扱ってはいけない気がして、あくまで紳士的に、軽い口づけを繰り返し、徐々に深いものへと変えていく。 ゆるく開いた唇の隙間。 侵入させた舌が触れる、ぬるりとした別の体温。 すぐに奥へ逃げようとしたそれを絡め取り、嫌というほどにこすり付ける。 菊の口内は舌を絡めるには少し狭く、閉じきれない唇の端からはどちらのものかわからない唾液が溢れ、ゆっくりと菊の小さな頤を濡らしていった。 「んっ、んん…ふっ」 くちゅくちゅと唇から漏れる絶え間ない水音に、否が応にも気持ちが昂る。 口蓋や内頬も丹念になぞり、ぴくりと菊が反応を返したところは重点的に攻め立てて。 浅い息継ぎと、純粋に舌が疲れたせいか菊の動きが緩慢になったのに気づき、自分の口内に菊の舌を誘いじゅっ、と強く吸い上げた。 浮いて撓った背筋を指先でそっとなぞり、最後とばかりに口内をまさぐって菊の口を開放する。 互いをつなぐ銀糸が、瞬間形を失い、ぷつりと切れて消えてしまった。 既に布団に横たわっていた菊の身体は、今のキスだけでくたりと力が抜けてしまい。 不足していた酸素を取り込もうと浅くせわしない呼吸を繰り返す顔は、赤く火照って。 うっすらと浮かんだ涙が、行燈の光を反射して、煌めいた。 「菊…」 「んっ…」 誘われるがまま、目じりに溜まった雫を吸い取り、顔中にキスを降らし、口の端を伝った唾液もぞろりと嘗めあげた。 まだ呼吸の整わない菊はされるがまま、触れるだけのキスに小さく声を上げるだけで、大きな抵抗を見せはしない。 それをいいことに、キスする場所を移動して。 ほっそりとして色白の首筋、うなじのあたりへと強めに吸い付き、赤い痕を刻んでいく。 吸い付くたびにぴくり、と体を反応させる菊は、たまらなくかわいい。 浮き上がった鎖骨には軽く噛みつき、ひくり、と反応した喉仏を優しく嘗めあげる。 力ない震える手が、俺の肩口をきゅ、と握る。 何かのサインかと思って上目で菊を窺えば、うっすら目を開けて俺のことを見つめていて。 その固く引き結ばれた口元に、これは菊のささやかな抵抗なのだと気づく。 まったく…いちいち反応がつぼにはいる。 そのいじましさに応えて、更に頭を下方へ移動させ、外気に触れてとがりだしていた胸へと吸い付く。 舌先で優しく頃がしてその弾力を楽しんだ後、じゅ、と唾液をまぶして吸い上げて。 ぬめるとがりを舌で押しつぶし、甘噛みすれば菊はたまらないというように身体をくねらせた。 「アーサーさ…、そこ…ぁっ、やめっ…て、て」 「好きだろ、菊」 「やっ…なめっ…なが、ら…しゃべらなっ…」 喘ぎながら身もだえする菊に、暴れるな、と脇腹を優しくさすってやり、肋骨のおうとつをそっとなぜた。 その刺激にすら、菊の口から嬌声が上がる。 徐々に感度が上がってきているようだ。 へその穴をくすぐるように撫で、薄く肉付きの悪い腹へ手を滑らせ、その肌理の細かい肌を堪能しつつも、わずかに眉を顰める。 自分自身もなかなか貧相な身体つきをしていると思うが、それでもうっすらと筋肉はついているわけで。 それに引き換え菊の身体は筋肉もわかりにくいほど、滑らかな薄い肉付きをしている。 いくら国が小さいとはいえ、これで本当に大丈夫なのだろうかと心配に思うのは抱くたびに感じるが。 ちゅっ、と吸い上げ、赤く色づいた胸から口を離し、顔をそむけてしまった菊を見下ろす。 「なぁ、菊…、ちゃんと飯食べてるのか？また体が薄くなった気がする」 「食べてますよ…少なくとも、アーサーさんよりは、まともな食事をしてるはずです」 喘いでいたせいで荒くなった息を宥めつつ言い返した菊にはまだ皮肉を言う余裕があるようで。 心配してやったのに、となんとなく面白くない気分になりつつ、菊の脇腹を、きゅ、と抓る。 「いっ…何するんですか！」 「別にー」 黄色がかった白い肌、加減して抓ったとはいえ赤みを帯びたそこに、そっと唇を寄せる。 吸い付くだけでは飽き足らず、歯を立てて柔い肌にじわじわと力を込めていくと、赤みの上にうっすらと歯形が残った。 そんなごく普通のことに、雄としての征服欲が刺激される。 皮肉への仕返しも込めてもう少しいじめてやろうと歯形を辿るように舌でなぞって宥めつつ、再びゆっくりと歯に力を籠める。 さっきよりは幾分強い力で、濃く痕が残るように。 菊が、息を詰める音が聞こえた。 薄い腹では刺激が直接伝わって、俺が思っているよりも実は痛いのかもしれない。 だけど…もう少し。 もう少しだけなら、力を籠めても大丈夫かな、と実行する前に、がしっ、と結構な力で後頭部をつかまれた。 「いってー…」 容赦なく髪の毛も引っ張られ無理やり頭をあげさせられた視線の先、痛みでか目の端にうっすらと涙を滲ませた菊の顔がそこにあって。 「…私のほうが、痛いんですけど」 「まぁ…そうだろうな」 でも、毛が抜けるほど引っ張られてる俺の頭もそこそこ痛い、なんて言葉は喉元まで出かかったところを抑えて、降参の意を表すように両手を挙げる。 じとー、と恨みがましく睨んでいる菊の目はこわいものの、状況が状況なだけに、うるんだ目元が酷く婀娜めいていて。 「何笑ってるんですか」 「あぁ…いや。怒った顔もそそられるなー、なんて…」 「……」 「…すまない」 素直に言い過ぎたらしい。 菊の目に蔑みの感情が浮かんでいた。 「何かあったんですか？今日のアーサーさん、いつにも増しておかしいですよ」 上体を起こしてさっきまで甚振られていた脇腹を確認し、顔を顰めながら菊は口を開いた。 「いつにも増しておかしいとはとんだ言い草だな…まぁ特に何もないけど」 返しつつ、目は菊の脇腹、細い指が未だ歯形の残るそこを確認するように撫でる指先を追いかける。 傷つけられた肌を癒すように、柔らかく動く優しい指先。 伏し目がちの表情は、痛む肌への憂いを帯びていて。 日本の、日本人の持つ黒曜石の目は、どうしてこうも暗く深く沈んでいて、その実体を捉えることが難しいのだろう。 何よりも雄弁に物語るその黒曜の深みは、雄弁に物語ることができるからこその、本来の思惑を混乱させる何かを潜ませているとしか思えない。 目の一つをとっても、そこに込められた感情の違いで人に与える印象というものが大きく違ってくるのだから、相手の目を見ながら話すということがどれほど大切だかよくわかる。 況してや、それが言葉少なな日本ならとくに。 「アーサーさん、」 「ん？」 「近いです、顔」 「うぁっ！」 じっと指先を見つめていたはずだけれど、気づけば伏し目がちな日本の表情を追っていたらしく、無意識のうちに吸寄せられるまま文字通りの目と鼻の先に菊の顔があって、さすがに慌てて跳び退る。 もう少し落ち着いていたらそのまま菊の唇奪えたのではないか？なんて考えが浮かんだのは、菊との間に十分な距離を取った後。 ついでに言うと、呆れた顔をした菊との心の距離もだいぶ空いてしまったようだった。 12/03/06 すっごい遅くなっちゃってごめん！ でもまだつづいちゃうぜww 120306 |